2025年11月20日

大神さまへ突撃インタビュー(其の三)

「今の世、玉石混交も甚だしいとは思わぬか。」

 

 

インタビューにあたり私がレポーター役になりきる直前、卒爾ながら大神さまより突撃されてしまった。

 

声の方に顔を向けると目の前の拝殿の中いっぱいに、神さまの大きなお顔が現れた。

 

『あれ?ここの御祭神ではいらっしゃらない。どなただろう‥。』

 

そう思ったが

 

「今日はよろしくお願いいたします。」

 

とご挨拶した。

 

 

本当は神さまのお名前をお伺いし自分も改めて自己紹介してから始めようと思っていたのだが、神さまから感じたのは私のことはご承知で、かつインタビューに来ることもお分かりであったご様子。そのあたりは不毛であると話を進めたいような雰囲気であった。

 

以下、インタビューというか対談のような感じになったがご精読いただきたい。

(◉→お答えくださった神さま、◾️→私)

 

 

◾️「大神さま、そのことにつきましては私も感じております。インターネットの世界を覗いても、また日向高千穂神道の廣前においてもです。そして私は、大神さまたちがこぞって“うんざり”なさる理由が、それぞれにおいてあるのではなかろうかとも思っています。先ずは参詣者へ、次に神職など聖域を預かる者たちへ、そして宗教家や霊能者・占い師と称する人たちや霊感があるとか視えるなどとスピリチュアルを語るすべての者に。」

 

 

◉「その通りじゃ。神仏界と向き合わむと参詣するは良きことなり。されど不浄や欲での運びはならぬ。境内は神域なり。」

 

 

◾️「おっしゃる通りです。境内は大神さまたちのお住まい。お伺いする側に礼節ありきは言うまでもありません。私語を始め騒ぎ立てたりSNS用の写真を撮るため場を独占するなど以ての外なのです。正直申し上げますと、私も不躾な人間を日向高千穂神道の廣前に‥いえ、その前に家屋へ招き入れることにさえ強く抵抗を感じます。なぜならそのような人間は当然大神さま等と正しく向き合う心得はありません。託宣も当てもののように考えていたり、願えど“委ねる”ことなく他責思考にて意図せぬ結果は受け入れず。更には不平不満を募らせ神仏を否定する始末。ところが己の至らなさやまた不浄を抱えているがことには気づかない。昔の人たちはそんな自分を省みる素直な感性を持っておりましたから境内に入らず鳥居の外から手を合わせて帰ったと聞いています。」

 

 

◉「そうじゃ。しかしそれに於いては詣でる者にだけ非があるわけではない。神域を預けておる神職や巫女たちにも落ち度があるのじゃ。むろんすべての者たちではないが、神職も世襲制になり久しく、質が落ちた。かつては其方のような者がその役目であったがな‥。職業神職でしかない者が増えてしまい、なんとも事務的じゃ。もちろんこちらからの声も届いておらぬ。しかしそれでもせめては境内を護る役目として参詣者が正しい祈りを出来るよう導かねばならんのじゃ。参詣者がおのずと厳かな気持ちになるよう自らの在り様に注意し、神の領域で神と向き合うための雰囲気を作らねばならぬのじゃ。」

 

 

◾️「おっしゃる通りで、私もそこを感ぜぬわけにはいかない経験がございます。かの有名な宮へ参詣したとき、社務所で神職や巫女たちが笑いさざめいており、いたく興醒めしたことがございます。駐車場までの帰途、立ち寄ったお土産店の方にそのことを呟いたところ、「参拝者からよくそう聞かされ困ったもんだ。昔はそんな職員はいなかったのに」と教えてくださいました。神社や御祭神の格を下げることになるのが分からないのだろうかと消化出来ない思いを抱えて帰路に着きました。祈りと言えば、先日、沖縄のユタの子孫の方が廣前に来られました。その方は自分には神さま事は恐ろしくてとても出来ないとおっしゃり、ユタではなく正しい祈り方を伝えるという活動をしているようでした。」

 

 

◉「畏怖を感じておるその者こそ必要な資質の持ち主じゃな。だからこそ、それすらを感ぜぬ者による僭越な関わりは厄介なのじゃ。」

 

 

◾️「はい、大神さま。そのあたり私も通底しているものと思っておりましたが、ほとんどの人間は神さまは願えば助けてくれる優しいヒーロー的存在、とだけ思っています。“困った時の神頼み“と都合よく引き合いに出し、参詣もなにかのイベントのように考えている始末です。大神さまたちの存在を甘えを通せる親か何かのように考え、実は鬼よりも霊よりもいちばん怖いのは神だということに気づく感性を持たないのです。」

 

 

◉「それでじゃ。昨今、そのような人間たちから何か視せて欲しいとか力や言葉が欲しいなどと呼びかけが届く。なんとか聞き分けてはおるが、そもそも神懸かりでない者の言葉は正しく届いてこぬゆえ、何を申しておるのかいまいち分からぬのじゃ。まぁそれなりに返すも今度は受け取る力すら無き様子で、ここには神はいないなどと無礼なことを言っておる。他には、“行“と称して集団で滑稽な祈りごとを始めたりなぁ‥。友人、知人に視えるからと物申しておる者たちも、まぁ、見ておればその正からぬ願いや行いは、低級霊へと繋がり、結果両方がもてあそばれておる。それにも気づかず得意気になっておる状は救いようがない。そのようなことがあまりにも頻回なため、最近は煩わしく奥に引っ込んでおるんじゃ。」

 

 

◾️「そうでございましたか。確かに独自のスピリチュアイズムを持つ怪しげな人たちがたくさん登場しています。龍と話せる方法を教えるとか神とのねじれを治し幸せになれるツアーとか‥。同じ職場、飲みに行った先で、霊感のある人から言われたという内容は、私には滑稽でしかありません。日向高千穂神道の廣前にも神仏やスピリチュアルを語って人の悩みを解決する仕事をしたいとか、すでにしているなどと言う人間が一定数来られますが、職業選択の自由はあると言えど、そんな簡単なものではないので、本当にご容赦願いたいところです。」

 

 

◉「そもそも無知なんじゃ。因って悪気なく、むしろ使命感すら持っておるじゃろう。」

 

 

◾️「そうです。私は各々の霊的感覚なんて、その人の主観や感性、そして語彙や知識が大いに影響していると思っています。それらがないと的確には口伝出来ません。」

 

 

◉「時代が変わり、敷居は下げられたようじゃが領域は変わらず別物である。」

 

 

◾️「猖獗(しょうけつ)の間にて私も心苦しくございます。ところで、大神さまはどなたさまでいらっしゃいますか?この社の御祭神ではないようにお見受けいたしますが‥」

 

 

続く‥