2025年11月13日
大神さまへ突撃インタビュー(其の二)
拝殿に向かって進むと、お社の外、向かって右側に二柱の神さま等がいらっしゃることに気がついた。
そうして視えているのは、もちろん私が存在しているこの世とは別空間で、私にはこの世と折り重なったようにして視える。
同時にこの二柱の神等が須佐之男命さまと大国主命さまだとわかった。
この神等のうち一柱の神はこの社の御祭神ではないのだが、龍が移動するように大神さまたちも御移動なさるのだからなんら不思議ではない。
二柱の神等は、向い合って藁打ちをしていた。
私は、二ヶ月内には正月も来るからなぁと思い、それをしばし眺めていた。
そのときの神等の真剣な顔つきは“作業に徹していたため”というより、“国政について語らひ合っていたから”のようであった。
『高市総理によるまつりごとが始まったからな』
その状をこう解釈した私は、一瞬出直そうかと考えた。
実は、以前、ある神社の境内に祀られている菅原神社を参詣しようとその拝殿の前まで運んだとき、お社の中で菅原道真公が黙々と文をしたためられていたことがあった。
その様子に私は参詣を取りやめ、静かに回れ右をして足音をもたてないようにその場を後にしたのだ。
どれだけ遠路運んでも、そんなときはこうすることが私なりの流儀だ。
逆の立場だったらどう思うかということは想像し難くはなく、そもそもそのタイミングで話しかけたり、願事(ねぎごと)をしても届かないのは人間界と同じことはりだ。
すると、そんな私に気がついてくださった大国主命さま。
左にチラリと顔を向けなさると一瞬で二柱の神さま等がいらっしゃった空間を視えなくしてしまわれた。
私は『ありがたくもお計らいをくださった』とも思ったし、また、『一介の人間である私の耳に良くも悪くもこの世の先のことを触れさせてはならないと思われたのだ』とも解釈した。
拝殿へ向かい直し、私は数歩進んで立ち位置を調整した。
そして“しゃもじ”ではなく、紅白ののし袋に用意していった御初穂料を取り出すとお賽銭箱へ静かに納めた。
本当なら御初穂料を納めるタイミングは、先に本坪鈴(ほんつぼすず)を鳴らした後だ。
大神さまに自分が参詣に来たことを先ずお知らせするのだ。
同時に御鈴(みすず)の音霊はその場を浄め、自身の不浄も祓う。
尚且つその音は大神さまの御心を慰め穏ひにする。
こうして順番を踏むことで、きちんと御初穂料を納めたことも大神さまに知っていただけるというわけだ。
ところが、最近はこの本坪鈴(ほんつぼすず)が下がっていない神社が増えている。
あっても手が届かないように、鈴緒が上の方で短くまとめてある。
コロナ禍では非接触のための苦策で、それは仕方のないことだった。
が、一方でこんな理由でも起こっていた。
ある日、日向高千穂神道の神殿で御神託をいただいていた時だった。
霊視相談のため廣前にみえたのは、60代の男性内科医だった。
私を媒体として大神さまは
「氏神が怒っておるぞ。ぞんざいな扱いを受けたとなぁ。怒りの元はもちろんそなたではないが、分かる者にこそ、こうして知らせが掛かるものじゃ。」
といわれた。
この御神託を聞いた男性医師はこう答えた。
「やはり氏神さまからの“障り”でしたか。思い当たる節があります。私は氏神さまを敬い毎月参拝に上がるのですが、実はある時、急に鈴が無くなっていたのです。そこで神社の職員に聞いたところ“早朝から参拝する人たちの鳴らす鈴がうるさい”と地域住民から苦情があり外した、とのことでした。」
このエピソード、コロナ禍のずっと前のものである。
いよいよインタビューに入る前、私の他には誰も参拝者がいなかったため、身禊大祓(みみそぎのおおはらい)を祝詞奏上させていただいた。
「掛介麻久母畏伎・・・(かけまくもかしこき・・・)」
すみません!
時間切れです。
(私の一日は24時間では足らないのです。)
次回に続きます‥

