2020年12月17日

武勇伝 其の一

そうして10月24・25日に行われる一次試験に向けて、受験勉強のための教材を取り寄せたり、願書申請などの準備が始まりました。日々忙しいのですが、久方ぶりの資格取得に向けて気持ちは高揚してのスタートでした。子どもたちから使わないシャーペンと消しゴムを分けてもらい、願書用の証明写真を撮り、大学に卒業証明書などを請求し、非日常を味わっていました。

 

しかし、いざテキストが届くと固まってしまいました(笑)
保育士試験は全部で9科目あります。そのうち2科目は二つ共に合格でなければならないというシステムです。所謂、“にこいち”ってやつです。
① 保育原理 ②教育原理 ③社会的養護 ④子ども家庭福祉 ⑤社会福祉 ⑥保育の心理学 ⑦子どもの保健 ⑧子どもの食と栄養 ⑨保育実習理論(②と③がニコイチの科目です。)

 

ここが難易度を上げているところのようですが、保育士は他の国試と違って、この“全ての科目をそれぞれ6割以上得点”する必要があるのです。その代わり“合格した科目は3年間は有効にしますよ~”という優遇もなされています。しかしながら、それでも3年なんてあっという間で、結局振り出しに戻る人も少なくないとか・・・。
保育士を国家試験で取得するのは簡単ではないのです。

 

「だからみんな学校に行くんだよ。」と現役保育士が教えてくれました。

 

いや、分からなくもないです。
とにかく範囲が広い!特に私は、この世に生を受けて50年弱、片手ほどしか触ったことのない半ば未知の物体“ピアノ”というものについて学ばねばならない『保育実習理論』のテキストのその部分をめくった時は、一旦静かに閉じましたもん(笑) 一瞬ですが、受験しようとしていることを本気で後悔しました。

 

しかし、なんの心得もないうちの息子だって、音楽や美術の(保育実習理論には美術の範囲も含まれます。)マニアックな試験範囲を一生懸命勉強してました。(私立の進学校というのは講師陣がユニークなので、試験問題も髪の毛がチリチリになるくらい精妙です。)だから、私だってやれる!大人だし!!と自らを鼓舞してスタートを切ったのです。

 

ところが、気持ちは若い頃より真剣なものの、身体は確実に年を取っているんですね。覚えたつもりが、頭の中で復習しようとしても思い出せない。確実に進んでいる老眼がまた効率を悪くする。9科目もあれば、1ラウンド終える頃には、最初の科目内容を殆ど忘れているんです。たまたまあの時、私のテキストを“チラ見”しただけの娘の方が日数を置いても明確に覚えており、一問一答に苦慮する私の横から正解を口出しして来た時は若干の殺意さえ湧きましたから(笑)

 

それくらい真剣でした。だって、1歳の子がひとたび体調を壊すと3日は確実に勉強出来ませんもの。夜泣きがあり、寝不足を覚えながらも早起きして高校生組の弁当を作ることから1日のルーティンを辿ります。勿論、奉務にも就きながらです。少しでも時間があると(テキストを開く暇なんかはありませんから)携帯に写メしておいた苦手な問題や暗記物を眺めていました。今の時代はいいですよね・・。分からないワードやうろ覚えのワードを調べる時もスマホがあります。過去に、分厚い社会福祉六法(古)をいちいちめくって勉強したことも記憶にありますが、調べ物を探す時間というのは、本当に不毛です。その時間はかなり勿体ないと思います。

 

「あー!早く勉強始めたいのにー!!」
大学受験を控える息子と、定期考査や摸試、英検などを次々迎え撃つ娘と、国試を控えた私の3人で毎晩競うように勉強をしていました。
というのも・・
家事や炊事を手際よく終わらせ、9時前のNHKニュースを見たら、テレビは消して頭のスイッチをオンにします。それから1時や2時くらいまで、集中し続けて勉強したいのですが・・・。

 

空気を読まないモンスターがいる(笑)
これが寝ないと、もう何も出来ないんです。
まだ、ひとり遊びをしてくれたり、DVDを観てくれるなら良しとして、眠いのに眠れなくてぐずりだしたり、それでずっと抱っこしてなきゃいけなかったり・・。夜中も近いのに子どもの相手をするために、テンションアゲアゲで“幸せなら手をたたこう”なんて身振り手振り付きで歌わされる私(笑)そんな気分じゃないのに(泣)

 

おもしろいもので勉強していると、いろんなことに気が付くのです。問題文を冷静に目で追っているものの脳が理解しようとしていないなということもありました。考えずに答えを出すものだから当然不正解です。で、『ほらね。』と自分に突っ込みを入れていたり。勉強だけはしなきゃいけないという思いが机には向かわせるものの、集中力が完全に切れている時なのでしょう。暗記をする時は、面白いほど頭に入る時期と頭の中が飽和状態で何も入らない時期がはっきり分かりました。サイクルでもあるのでしょうか。MAX状態で続けて勉強していたからこそ気付いた気がします。

 

そんなこんなで、どんどん月日は経っていきました。どれくらいの期間まともに勉強出来たでしょうか。10月だけは奉務をお休みしましたから、その辺りは日中含め10~12時間勉強しました。とにかく、9科目を途切れさせることなく間が空くことのないようにアウトプット・インプットの無限ループを辿る毎日でした。そうしないと、本当に直ぐに忘れてしまうんです。

 

吐き気を覚えながらもやり続けました。最後の20日間で、4400問を3クール、摸試を解き、過去問を3年分4回ずつ通り、それら全ての問題を完全正解するまで覚え込みました。

 

心が折れそうになっても、最後の最後まで間違える問題があっても、テキストを前に「ここに書いてあることを覚えさえすればいいんでしょ!」と自分に言い聞かせました。

 

その頃はもう、早く試験が来ればいいのにと願っていました。自分の力を100%の状態で保ち続けるために、エンドレスで勉強し続けることが、本当にきつかったからです。
きっと私は、浪人は無理なタイプです。
そう言えば、その頃の心境はお産を控えた臨月の頃とよく似ていました。
『産むのは何度だって怖いけど、もうきつい。早く陣痛が来て欲しい!!』
そういう意味では、人間の妊娠期間ってよく出来ています。もし、ハムスタ―みたいに2週間くらいの妊娠期間で出産を迎えようものなら、心が置いて行かれます(笑)

 

「これで落ちるはずがない。」
そう言い切れる状態で、試験前日はもう一度全てのテキストを見ました。そしてまだ終わってもいないのに、回想にふけっていました(笑)

 

カタカナ名が苦手で高校で世界史を選択しなかったのに、保育の心理学の科目で眩暈がするくらい心理学者や精神科医の名を覚えました。以前本屋さんで管理栄養士の国試の過去問を見た時『わっ!無理!!』と思ったのに、子どもの食と栄養で年齢別、男女別、妊娠初期・中期・後期・授乳期に分けて食事摂取量や耐容上限量、目標量、目安量などの細かい数字まで覚えましたし、食育基本法なども覚えました。子どもの保健では大学で医学も学んだ記憶などもう消え失せておりましたから人体から覚え直し、予防接種法や感染予防法に至るまで頭に叩き込みました。保育原理や教育原理に於いては、新しい法律は勿論、改正前のものまで覚えておかないと解けない問題もありました。穴埋め問題も出ますから、保育所保育指針、幼稚園要領、教育基本法、学校教育法、児童の権利条約他、何度も繰り返し音読しました。自分の声には興味が出ると思い覚え易くするために録音を試みました。聞いてみて分かりましたが、アナウンサーってやっぱりすごいんだなと(笑)子ども家庭福祉や社会的養護では、児童福祉施設の種類や職員の配置基準、そしてそれぞれの施設の子どもの平均年齢や入所時年齢、平均入所期間や総人数を覚え、障がい者福祉にも老人福祉にも触れました。社会福祉では、日本の社会福祉八法の制定や改正の年だけでなく、他国の年表や社会保障制度、年金制度や仕組みまで覚えました。先に記した保育実習理論では、度数やコード、童謡の作詞作曲者、絵本の作家、補色関係に至るまで暗記しました。

 

あまり熱く記すと皆さんが吐き気を催すのでこの辺で止めますが、これでもまだまだ書ききれないくらいの試験範囲でした。
「細かいことは覚えなくても大丈夫!」などとテキストにイラスト付きで載せてありましたが、『いや、無理だし。』と突っ込んでいました。例えば、法改正を年代別に並べ替える問題も結局その制定年を覚えなければ回答できませんし、たんぱく質量に於いて授乳期は妊娠中期より多く摂取するかという問いも、実際試験で問われるのは妊娠初期と後期かもしれないのです。

 

時々、フリーズしてしまいスランプのように陥った時は、『木を見て森を見ず』と自分に暗示をかけながら起き上がりました(笑)

 

そして、各科目を学ぶごとに、医師、薬剤師、保健師、助産師、看護師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、栄養士、学校教諭、幼稚園教諭、保育教諭、社会保険労務士、保育士へは勿論、それぞれの分野の専門家の存在に自然と頭が下がりました。子どもはみんなで育ててるんだなぁって。素晴らしい、有難いです。

 

今、ふと思い出しました。いつだったか子どもを健診に連れて行った時、診察してくれた小児科医が「お母さんのおかげで、発育も順調です。上手に育ててくれて、ありがとうございます。」って私に声掛けしてくださいました。私の子どもを私が養育してるのだから当たり前なのに、とても深いお言葉を頂き感極まったことがありました。

 

試験は一日がかりの二日間ですから当然お弁当は持って行くのですが、当日の朝、「途中でお腹空いたらいけないから、チョコ持って行こうかな。でもさ、甘いもの食べたら塩っぱいものが欲しくなるよね、おせんべいも持って行った方がいいよね。」「お茶だけでなく、コーヒーも飲みたくなるはずだしね。」「眠気覚ましのガムもいるかも。」そんな独り言をつぶやきながらバックに溢れんばかりの準備をしていたら、子どもたちに「遠足かよ。」とからかわれての初日出陣でした(笑)