2021年07月22日

紹介(其の二)

またまた更新です(笑)
前回、いきなりのサプライズ更新だったわけですが、転載の作業を依頼している奥田さんには、「お休み宣言で残念に思っていましたが、早速のお便りありがとうございます!」と模範解答のような嬉しい言葉を頂き、またある氏子さまには、「無期限のお便り休止からの更新。このツンデレぶりがたまらない。」と微妙なお褒めの言葉を頂戴しています(笑)

 

こうしていますが、決して暇じゃあない。
今月既に9つの論文・レポートを上げて、4つはA評定で返って来ました。(ここ数週間は土日共に終日スクーリングが続いている状況です。)残りの5つは評価待ちですが、まだ終わらない。今月中に、レポートと科目習得試験問題をあと1つずつ提出し、オンデマンドの講義を10時間ほど、受けなければならないのです。

 

しかし、レポートや論文に比べたら、この『神職のお便り』を綴るくらい何ともないことが、よーく分かりました。

 

書きたい放題ですからね(笑)

 

問題は、オンデマンド講義。
専ら、どのタイミングで出て来るか分からない、次の講義ビデオを視聴するために必要なパスワードを探すことに必死です。もはや、聴いちゃあいない(笑)
高校生の娘が、「どれくらいのタイミングで出て来るのか、神さまに聞けばいいじゃん。」とニヤニヤしながら言いましたが、「そんなこと、出来ないよー。それって、宝くじをどこでいつ頃買えば当たりますか?ってお訊ねに来た人みたいなレベルじゃん。」と言いながら、そうそう、そんな人がいて驚いたよなぁと思い出していました。

 

さて、話は変わりますが、先日御相談にお運びの氏子さまから、こんな話を聞きました。
「職場に来られるお客さんに、話の流れから“その方のために”と思って、金城先生を紹介したのです。そしたら、ものすごい剣幕で、『私は!その人がどんな人かは知りませんけど!!神さまは、簡単に言葉なんか言わない!!』と激昂して、次においでの時から私を完全無視してるんですよ。その人、なんか○○っていうところの講師をしてるんだって、威張っていました。」

 

「まぁ、それは私の為に嫌な思いをされましたね。ごめんなさいね。」
と労い、その人物が何者なのか、その団体とはどんな集合体なのか、前回の如くネット検索してみました(笑)

 

ありました。出て来ました。
“集団催眠”という方法で、自己啓発を促すところでした。
知る人によると、そこを頼って行った人の、それまでの生き道や思考を全て否定し、独自の思考をねじ込むらしいのです。

 
うん、納得。そんなレベルからの発言です。

 

そもそも、霊媒がどういうものか、御神託がどう降りて来るかも、全く想像すら出来もしない者のセリフだとも思えました。 

 

神さまは言葉を降ろしますよ。
胸から頭から、言葉が溢れてきます。
霊媒の頭の中にある知識と語彙力をフルに活用して。
御神託のスピードが速すぎて、私は過呼吸になることだってあるけど。
でもそれが(言葉が)、大神さまから人間に伝える術だから。
そうでなければ、事故・怪我・災難と『障り』ばかりが起こってしまいますもの。

 

「言葉を知らない人には、そう(降りない)でしょうね。」と、失笑してしまいました。

 

また、私が携わってきた限りですが、神さまは、人の道や思考を全て否定などしません。
同一直線上に立ち、更にその延長線上に先を見据えてくれています。

 

私は、苦悩や廣前にお運びになる緊張・不安を抱えながらも、ここを頼って来られた来談者にいつも言うのです。

 

「気付いたのが今だったんです。だから、今がタイミングだということです。決して、“もうダメ”とか“遅かった”なんかじゃないんですよ。これまでだって、その時その時は、ちゃんと良くなろう、幸せになろうと思って、ベストを尽くして来ているんだから。そうやって来たベストの積み重ねの今は、ちゃんとベストなんですよ。」

 

みんな幸せになろうと思って生きています。
初めから、不幸に向かって走っている人間なんて、誰一人いないのです。

 

前々回のお便り【試される霊査力(其の三)】に書いてございますように、私は姿勢として、“来談者中心療法”をいつも念頭に置いています。
どういうものか、ざっくり要約しますと、クライアントの話を傾聴、無条件な肯定的配慮のもとに、共感・理解をし、純粋性を以て応答していると、そのうちクライアントは、自分の心を支配していた『他者の声』が外れ、本当の心の声に気付くというものです。

 

だから聞き手である私は、先ずはクライアントの中のクライアント(もう一人の自分)をあぶりだせるような『鏡』でいたいのです。応用行動分析学でいうところのプロンプトをさり気なく駆使したりもし、来談者が、「やっぱり、○○ですよね?」とか、「つまり、○○ってことか。」と、謎解きが出来たような顔を見せてくださり、自分がどうあるべきかを悟ってくださる瞬間を待っています。(勿論、霊媒ですから相談の内容によっては、一方的に当てていくこともありますが。)

 

それは、本人の本人による気付きであり、誰かが技法などを使って、クライアントを根幹から変えるようなことではありませんし、恐喝でも説得でもあってはならないのです。もはや洗脳に値しますから…。
強いて言えば、“非言語的技法”くらいです。頼られた(聞き手)側が使う技があるとすれば。

 

だから、その○○という集団催眠のように、技法で“思考を植え付けて変える”世界は、私が立っている世界と真反対なのです。

 

「私、金城先生の考えがとてもしっくり来る。よかった。そう言えば、その人は、『○○神社の宮司に、私が木を切るなと言っていたのに、言うことを聞かずに切ったから、身体が不自由になったんだ!』と言いふらしていましたよ。やっぱりその人、変ですよね、そうですよね。」と、私の氏子さまは、先に私が済ませていた納得を時間差でされまして、お帰りになられました。
因みに、この宮司さんは私も良く存じ上げている方ですが、何をするにしても、そんな強引になさるお方ではございません。病に倒れられたことを知ってか知らずか、兎に角労いもなく、まるで鬼の首でも取ったかのように、そう言っていることが心から許せないと思いました。そんな人間が講師を務める団体なんて、神代の世界とは比べ物にもなりません。言いがかりは止めて頂きたい。

 

人間と大神さまの狭間で私が視えているもの、それは、みんな苦しみながらも分かっているということです。知っているのです。どうするべきかを。どうあるべきかも。でも、勇気のなさやプライドの高さ、また周りの視線や煽りだったりが、邪魔するのです。

 
だから私は、そのような来談者にこう問うてみます。
「もし、あなたが抱えているその悩みを、あなたの大切な親友が、そっくりそのまま相談してきたら、なんて答えてあげる?それが、実はあなたがあなた自身に向ける言葉だと、私は思うよ。」

 

ご存知のように、私は今、神職の立場にありますが、来談者に求められる役目には枚挙がありません。そしてその中でも、カウンセラーと化すことは常です。

 

「スクールカウンセラーにも相談し、県の相談室にも行ったけど、答えをもらったとは思えなくてずっと悩んでいたら、友人から先生の紹介を受けて、今日来ました。本当に来てよかった。こんなアドバイス、誰もしてくれなかった。」と号泣された子育てで苦悩する母親。
この時は、私も本心から母親の苦労を労い、少し信頼を得たところで、同じ子を持つ母として、タイミングを計っての自己開示もしました。そして、この母子分離不安症のお子さまへは、もはや私の“指導医” 神田橋條治先生から直伝のケアをお教えし、母親に実行してもらうように働きかけました。勿論、時間は限られていますが、ギリギリまで母親の心のケアにも努めました。

 

「心療内科のカウンセリングを受けに行っているけど、ただ自分の話をするだけで、分かってもらっている気もしないし、無駄に思える。」と、神殿に来られた男性。
『うん、確かにそんなカウンセラーもいるよな。この前も神田橋先生と、“精神療法は本人が本人にするのだけれど、援助者にも技術は必要です。”なんてメールを交換したばかりだったなぁ。』と思いながら御神託を受け取ると、この方の場合は、鬱ではありませんでした。鬱の症状と、霊障は症状がよく似ています。結局、お祓いで解決したのです。

 

だから、例えばこういう場合、それをも分かっておられる神田橋先生は、「金城先生に、新患を紹介しました。」と私へ連絡をくださったり、また「僕にはいいアイデアが浮かばなかったんだよな。」と治療中の患者さんを紹介してもくださいます。
勿論、その逆もありです。
「これは、医者の範囲だ。」と思うケースは、神田橋先生を始め、私はそれぞれの診療科のドクターに紹介をさせて頂いております。

 

そんな中、以前、来談者に不躾にも、初対面で大笑いしたことがあったのですが、御相談の記入用紙に、「胃の調子がよくないです。どこかいい病院を紹介してください。」と書いてありました(笑)
「いや、ここは神原名医紹介所じゃないから!」と言いながら、涙が出るくらい笑いました!
いつもいつも深い人間の悩みに向き合ってばかりいる中で、なんだかほっこりさせてもらえた時間でした(微笑)本人は至って真面目でしたけど(笑)

 

神殿にお運びくださる氏子さまには、医師、教員、統括管理者など権威ある方々も多数おられます。私は、そのような方々には、時にスーパーバイズのようなことをするのですが、次のセリフは、呪文のように言っては聞いてもらっています。あっ、これは洗脳ではございません(笑)

 

『治そうとするな 分かろうとせよ』

 

皆さま方も、日常の中で、職場の仲間、友人、子ども、夫(妻)からと、相談をされることがあるでしょう。そんな時、先述した傾聴の姿勢から取ってみては如何でしょう。押しつけとも紙一重な頓珍漢なアドバイスや、また無責任な発言、ましてや○○という団体のように否定、説得、脅迫なんか要らないのです。

 

写真は、今月新規オープンの
『とり専 一凛』さんです。
鹿児島市清和1丁目36-13(清和小学校近く)

 

元々、『肉の名門 一真』として黒毛和牛を主に、鹿児島市下伊敷1丁目34-27、また鹿児島市西千石町13-11フレッセ厚生市場内に出店しておられますが、此度、社長の夢だった鳥肉を使った商品の専門店が開店したのです!
以前、お便りでも紹介しましたが、私の保育士国家試験の受験の時に、この社長が“かしわ飯”を差し入れてくださいました。今、思えばあの時はまだ開業していなかったから、何気に毒味だったのかもしれないのですが、味は完成していました(笑)
驚くほど、美味しいですよ~!!味に品があるんです。
やはり、もう既に一凛の看板商品になっているようです。流石です!
あれから更に腕を上げ、その他多数の品揃えで、早くも大盛況となっています。
炭火の熱さに劣らない熱情を持った社長が、飛び切りの笑顔で歓迎してくれますので、お店に行かれましたら、金城の紹介だとお伝えしてみてください。
私は河野健一社長率いる『一真』・『一凛』を、堂々と“紹介”差し上げます!